管理人がある日突然、乳がん宣告受けました。
でも、笑って治すわよ!!
土曜日、外出先から帰ったのが昼の一時頃。
玄関先で「ただいま~」と言うと、主人がしゃがんでぼーっとしていました。ぼーっとしているのはいつものことなので、特段驚きませんでしたが、次の言葉で、びっくらこいた。
「あのさ、じいじが蜂に刺されて、ドクターヘリで病院に運ばれた」
って、えええええええええ???????
いや、その前に、なんでそんな冷静なんだ?
「は?何、それ?どこで刺されたの?大丈夫なの?行かなくていいの?」
「どこで刺されたか、知らない。意識はあるって。来なくていいって」
て~い!!お前は幼稚園児か!!??
「あのね?いい?ばあばは一人きりになっちゃうんだよ?もし夜中に何かあって、病院に呼ばれるようなことがあったらどうすんの?」
私、これ、経験しているからよくわかるのです。私の父が10年前に亡くなったときがそうでしたから。朝、クモ膜下出血で倒れて病院に運ばれ、亡くなるまでの5日間、何度病院に呼ばれたことか。で、それがいっつも夜、夜中。あれ、やなんだよな~ほんと、ぞっとする。うちの場合は、近くに親戚の叔父たちがいてくれたから、心強かったし、私も主人も従弟たちも車の運転が出来たから、安心したけれど、主人の実家はそうじゃない。老夫婦の二人暮し。しかも田舎。病院は遠い。タクシーも呼べない。
いくらばあばが大丈夫だといっても限度がある。
そんなこともわからんのか?と我が亭主ながら呆れちゃったよ。で、そのことを説明したわけ。すると、「ああ、そうか」と言って、再度携帯に電話。
結局、よくよく話した結果、意識はあるから大丈夫、その代わり、日曜日の朝早く帰る」ということで話がまとまりました。
で、行って来たわけです。実家に行って義母を乗せ、義父の入院する大学病院に。
すると、すでに点滴も取れ、ドクターの許可もあり退院が決定してました。帰りのしたくもさっさと義父がやってしまってあり、私たちはただ迎えに行っただけ。それでも、やっぱりげっそりやつれてました。
義父は蜂に刺されるのは二回目。これ、危ないんですよね。アナフィラキーショックでしたっけ?義父も気をつけていたんですが、やられちゃったんですって。で、まずいと思って、急いで家に帰ったのですが、縁側で倒れたまでは覚えているものの、その後の意識・記憶がぷっつり消えてるんですって。だから、勿論、ヘリに乗ったことさえも覚えてない。
一時は生命に危険があったらしく、かなり危ない状態だったらしいのですが、ヘリの中での対応が素早かったため、一命をとり止めたそうです。
義父曰く、ほとんど記憶がない中、夢の中に子供たちの顔が出てきたそうな。会いたくて会いたくて、最後に一目会うまでは死ねないと強く思ったそうな。その思いが、義父を蘇らせたのかもしれません。
でも、良かった~ほんとに、やつれた義父の姿を見たときは、泣きそうになったよ。そして、それと同時に、離れて暮らす義父母のこと、もう少し真剣に考えなければと思いました。でもなぁ、こればっかりはな…仕事もあるし、子供の問題もあるし…
とにかく、大騒動の週末でした。
ということで、桜谷さま、早速愚息の書についての解説ありがとうございました。なんだか、難しい字がずらりと並んでおりますが、ようは楽しんでかいてくれたらそれで良しということで(笑)
玄関先で「ただいま~」と言うと、主人がしゃがんでぼーっとしていました。ぼーっとしているのはいつものことなので、特段驚きませんでしたが、次の言葉で、びっくらこいた。
「あのさ、じいじが蜂に刺されて、ドクターヘリで病院に運ばれた」
って、えええええええええ???????
いや、その前に、なんでそんな冷静なんだ?
「は?何、それ?どこで刺されたの?大丈夫なの?行かなくていいの?」
「どこで刺されたか、知らない。意識はあるって。来なくていいって」
て~い!!お前は幼稚園児か!!??
「あのね?いい?ばあばは一人きりになっちゃうんだよ?もし夜中に何かあって、病院に呼ばれるようなことがあったらどうすんの?」
私、これ、経験しているからよくわかるのです。私の父が10年前に亡くなったときがそうでしたから。朝、クモ膜下出血で倒れて病院に運ばれ、亡くなるまでの5日間、何度病院に呼ばれたことか。で、それがいっつも夜、夜中。あれ、やなんだよな~ほんと、ぞっとする。うちの場合は、近くに親戚の叔父たちがいてくれたから、心強かったし、私も主人も従弟たちも車の運転が出来たから、安心したけれど、主人の実家はそうじゃない。老夫婦の二人暮し。しかも田舎。病院は遠い。タクシーも呼べない。
いくらばあばが大丈夫だといっても限度がある。
そんなこともわからんのか?と我が亭主ながら呆れちゃったよ。で、そのことを説明したわけ。すると、「ああ、そうか」と言って、再度携帯に電話。
結局、よくよく話した結果、意識はあるから大丈夫、その代わり、日曜日の朝早く帰る」ということで話がまとまりました。
で、行って来たわけです。実家に行って義母を乗せ、義父の入院する大学病院に。
すると、すでに点滴も取れ、ドクターの許可もあり退院が決定してました。帰りのしたくもさっさと義父がやってしまってあり、私たちはただ迎えに行っただけ。それでも、やっぱりげっそりやつれてました。
義父は蜂に刺されるのは二回目。これ、危ないんですよね。アナフィラキーショックでしたっけ?義父も気をつけていたんですが、やられちゃったんですって。で、まずいと思って、急いで家に帰ったのですが、縁側で倒れたまでは覚えているものの、その後の意識・記憶がぷっつり消えてるんですって。だから、勿論、ヘリに乗ったことさえも覚えてない。
一時は生命に危険があったらしく、かなり危ない状態だったらしいのですが、ヘリの中での対応が素早かったため、一命をとり止めたそうです。
義父曰く、ほとんど記憶がない中、夢の中に子供たちの顔が出てきたそうな。会いたくて会いたくて、最後に一目会うまでは死ねないと強く思ったそうな。その思いが、義父を蘇らせたのかもしれません。
でも、良かった~ほんとに、やつれた義父の姿を見たときは、泣きそうになったよ。そして、それと同時に、離れて暮らす義父母のこと、もう少し真剣に考えなければと思いました。でもなぁ、こればっかりはな…仕事もあるし、子供の問題もあるし…
とにかく、大騒動の週末でした。
ということで、桜谷さま、早速愚息の書についての解説ありがとうございました。なんだか、難しい字がずらりと並んでおりますが、ようは楽しんでかいてくれたらそれで良しということで(笑)
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まずは、コメントお返しです。
桜谷さま
心強いお言葉、ありがとうございます。まったく、なんでこうなるのか、と首を傾げたくなりますが、この言葉のおかげで「ああ、そうか」と思うことができました。もちろん、まだまだ先は長いのでしょうが、前向きに考えることにします。なんと言っても、私の周りには、こんな話ばかりですので(笑)どっちかといったら「またか~?」ですが…ort
「月光」の感想、楽しみにお待ちしております。
愚息、高3の夏、最後の一枚がこれです。
12年間の書道に、一応のピリオドを打ちました。小さな町の書道教室に通い始めたのが、小学校1年。小さな町の小さな書道教室ですが、市内では別に3ヶ所も教室を持つ、その世界では有名な先生でした。前衛書道ではなく、正統な字体を教えてくれる先生で、正月に行われる書道大会では先生の門下生から何人もの子が受賞しました。愚息も恥ずかしながらその一人でして、そこそこ大きな大会で大賞や準大賞を取らせていただきました。
私は自分が出来ない分、書道が好きでしてねぇ。書道はいいですよ。男女年齢関係なく、誰だって出来る。字がきれいなのは、何事にも変えがたいほど大切なこと。一生の宝を身に付けさせてくれた先生に感謝です。
今日、最後のお稽古だったので、12年間、ご指導してくださった先生にお礼を言ってきました。なんだか、涙が出そうだったよ。
本人も自分に合っていたみたいで、普通は中学入学を機に辞める子が多い中、高3の今まで続けられました。でかい図体に、小1から使っている書道バッグを持って出かける姿が、可笑しかったですよ。
高3の夏、受験勉強一色ですが、本当は続けて欲しかったなぁ。せめて一週間に一時間くらいは、静かに書と向き合って欲しかったです。
でも、まあ、仕方がないか。
将来、機会があれば、是非再開して欲しい。大学入っても書道部に入ればいいのになぁ。(本人はロック関係のサークルに入りたいらしい。ちッ…それじゃあ、父ちゃんと一緒じゃん…)
それにしても、これ、何て書いてあるんだ?と聞いたら、愚息ひとこと、
「知らねぇ」
ま、こんなもんです(笑)
愚かである。
滑稽である。
子の前では、いたって。
我ながらおかしくなるほど、振り回されている。この私が、いつの間にか子の顔色を伺う。
朝は目覚めを気にして、「起きてください」と心の中で懇願し、いつまでもだらだらとしているわが子を目の前に、何も言えずにただひたすら我慢。
昼は、目の前に居ぬわが子の顔を浮かべながら、頻繁にメールをする。
「どう?」「大丈夫?」
答えが返って来ないと、どうしたのだと不安が過ぎり、「大丈夫だよ~」のたった一言の返信に、ホッと胸を撫で下ろす。
夜は、なかなか宿題を始めぬ子にイライラを募らせながらも、ここで怒ってしまえば、また最初からやり直さねばならぬ、とぐっと我慢。
そう、ただひたすらに、我慢。
割に合わぬ。
なーんでこうかね?と、アホ臭くなることも多々あり。
でも、一生懸命もがきながら答えを探しているわが子を見れば、手を貸したくなる。引っ張ってあげたくなる。後押ししてあげたくなる。
あ。そうだ。
姪っ子。今日で全てが終わった。学校辞めました。
壮絶な5年間だったなぁ。いじめられつづけたもんなぁ。よくがんばったなぁ。
次なるステップで、頑張るといってるらしい。
幸せになれ。いじめてたヤツ見返すには、幸せになるのがいちばんなんだって。(そういえば、「ごくせん」にそんなセリフがあったなぁ…)
みんなみんな、幸せになれればいいのにね。
滑稽である。
子の前では、いたって。
我ながらおかしくなるほど、振り回されている。この私が、いつの間にか子の顔色を伺う。
朝は目覚めを気にして、「起きてください」と心の中で懇願し、いつまでもだらだらとしているわが子を目の前に、何も言えずにただひたすら我慢。
昼は、目の前に居ぬわが子の顔を浮かべながら、頻繁にメールをする。
「どう?」「大丈夫?」
答えが返って来ないと、どうしたのだと不安が過ぎり、「大丈夫だよ~」のたった一言の返信に、ホッと胸を撫で下ろす。
夜は、なかなか宿題を始めぬ子にイライラを募らせながらも、ここで怒ってしまえば、また最初からやり直さねばならぬ、とぐっと我慢。
そう、ただひたすらに、我慢。
割に合わぬ。
なーんでこうかね?と、アホ臭くなることも多々あり。
でも、一生懸命もがきながら答えを探しているわが子を見れば、手を貸したくなる。引っ張ってあげたくなる。後押ししてあげたくなる。
あ。そうだ。
姪っ子。今日で全てが終わった。学校辞めました。
壮絶な5年間だったなぁ。いじめられつづけたもんなぁ。よくがんばったなぁ。
次なるステップで、頑張るといってるらしい。
幸せになれ。いじめてたヤツ見返すには、幸せになるのがいちばんなんだって。(そういえば、「ごくせん」にそんなセリフがあったなぁ…)
みんなみんな、幸せになれればいいのにね。
う~~~…暑いでんなもう、暑いという言葉しか出てきませんので、こうなったら、暑いものシリーズで暑いものを連想する言葉を書き出してみようかと思っちゃったです。そんなことしねーけどなッ
さて、ようやくその気になったので(笑)「月光2」UPしました。あ~、どうなるかと思ったよ。全然、その気になれんし、このままラストへ突入か?と思いましたが、お蔭様で、今日は少し落ち着けましたのでUPできました。
おお、月といえば、美星のドクターの美しい月のおかげで、おねえさまもお出ましになりました!お元気…ではなさそうで(体調大丈夫でしょうか?)すが、それでも出て来てくださったので嬉しいです。
おねえさま、女王はサイトは閉じますが、ブログは続けますわよ~
さて、このところ、あれこれ思うことが多くて本当に人生山あり谷ありですな。だから人生面白い…って達観できるほど練れてませんが。それでもそう思うことにします。なに、生きてるからこその悩みだ。
人生、どーとでもなる!!ドクター、まだ、頑張れそうだよ。いや、踏ん張りどころだ。でも、シスターズの援護射撃で耐えて見せるわ。本当に、心から感謝です。
じゃ、ここから潜ります~
さて、ようやくその気になったので(笑)「月光2」UPしました。あ~、どうなるかと思ったよ。全然、その気になれんし、このままラストへ突入か?と思いましたが、お蔭様で、今日は少し落ち着けましたのでUPできました。
おお、月といえば、美星のドクターの美しい月のおかげで、おねえさまもお出ましになりました!お元気…ではなさそうで(体調大丈夫でしょうか?)すが、それでも出て来てくださったので嬉しいです。
おねえさま、女王はサイトは閉じますが、ブログは続けますわよ~
さて、このところ、あれこれ思うことが多くて本当に人生山あり谷ありですな。だから人生面白い…って達観できるほど練れてませんが。それでもそう思うことにします。なに、生きてるからこその悩みだ。
人生、どーとでもなる!!ドクター、まだ、頑張れそうだよ。いや、踏ん張りどころだ。でも、シスターズの援護射撃で耐えて見せるわ。本当に、心から感謝です。
じゃ、ここから潜ります~